タカラヅカメモ

全組観劇のライトファンによる宝塚感想置き場。

雪組ドラマシティ公演「ドン・ジュアン」/CS

ざっくり言うと、「愛というものを理解できなかった男が、愛を知ってしまった故に死ぬしかなかった話」……なのかなあ。面白かったし、いい作品だったんだけど、誰かドン・ジュアンに死ぬ以外の方法を教えてやってくれよ……って思っちゃったら、妙にやるせなかった。

確かにドン・ジュアンは他人の心を慮るということを知らない人で、自分の欲望に正直で、そのために周囲を傷つけることを厭わない最低の人間なんだけど、でもそれを心底悪いことだと理解してやっているわけではなくて、「悪いことだとは真に理解できなかった」人じゃないですか。やってることは控えめにいっても非道なんだけど、彼にはそれが「悪」であるということが分からなかった。「周囲の人間にどうして憎まれるのか/彼らが傷つくのか」が理解できなかった。少なくとも最初の内は。「愛」を知らない(理解できない)ことは別に彼の罪ではないし、(ドン・ジュアン自身の視点だと)悪いことなんてそんなにしてないのでは……?って思っちゃったんですよね。

もちろん、「こういうことするとどうも、周囲は嫌がるな(ひいては自分も憎まれて損だな)」って気付いてもうちょっと上手く(小器用に)立ち回る生き方もあったと思うんだけど(でも幸か不幸か、ドン・ジュアンはそういう人間じゃなかった、んですよね。彼には、憎まれても憎み返す強さがあって、憎まれないように周囲に迎合しようって保身を考えるような弱さがなかった。良くも悪くも、「”愛”なんて知ったことか」と言い捨てる激しさがあった)。

自分には理解できない評価軸(この場合「愛」)でもって自分に最低評価を押し付けてくる環境で生きるのなんて辛いばかりで、歪むに決まってるじゃないですか。それがドン・ジュアンの落ち度だとは思えないし、誰もが崇めるもの(=愛)を理解することができず(そしてそのことを「最低」だと評されたら)、じゃあそれ(=愛)を徹底的に貶めてやろう、と思うのは(よほどの聖人でもなければ)当然の心理のような気がするんですよね。理解できない(だから得られるはずもない)のに、「愛がなければ人生に意味はない」って言われちゃったら、全身全霊で憎むしかない。「愛を理解できない」(そう生まれついた)ことが全ての元凶で最大の不幸なんだけど、ドン・ジュアン自身が同情されることを全く望んでいないので、どうしようもなく切なかった。

そういうわけで、わりと最初から最後までドン・ジュアンに肩入れして見ていたせいで、盛大に視点が歪んでるような気がします。

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残りの感想は以下、箇条書きにて。

・曲がどれも素敵でよかった。ちょっと歌い過ぎてるのと一曲が長いのとで間延びするところもなくはないんだけど、望海風斗が歌っている部分に関して間延び感を全く感じなかったので、歌に力があるのってホント武器だなあ、と。ちょっと贔屓目入ってる可能性は否定できないんですけど(ちょっとだけ!)。

・結構好きってデムーラン夫人で思ったところだったので、ヒロインが彩みちるで嬉しかった。マリアはまさにドン・ジュアンにとってのファム・ファタールそのもの。運命の恋の相手であり、破滅をもたらす女性であり、呪いであり、呪いからの解放でもある。きれいで、凛々しくて、真っ直ぐに育ったような、清潔な魅力のある人なので、ドン・ジュアンが愛を知る相手にぴったりだった。あと、可憐に見えて一瞬で彫像を破壊する豪腕の持ち主(わあ!ギャップ萌え!!(違う))。

・永久輝せあが輝くような美青年で、なおかつ超自然に無自覚に無神経(だけどちゃんとかっこいい)。そこらへんの演技が妙に上手くてびびった。「結婚したら彫刻なんて仕事は当然辞めてくれるね?」のくだりだけで、(ドン・ジュアンと違って一応貞操観念も常識もありそうな)マリアがあっさり恋に落ちた/衝動に身を任せたことが納得できた。だって、「それだけ愛されてるってことじゃない!」「幸せなことよ!」とか何とか言われている時のマリアって、明らかに「外堀を埋められてること」に絶望感じてるじゃないですか。無事に結婚してたとしても、マリアが幸せになる未来がさっぱり見えなかった。

・有沙瞳のエルヴィラがめちゃくちゃ怖かった。なんでまたドン・ジュアンはこんなあからさまに面倒そうな女に手を出したのか……(保身なんてものを一切考えない男だからですね分かります)(ホントに己の欲望に正直だな)。こっちの想像以上の速度でガンガン闇落ちしていくので(そして色々上手いので)、可哀相と思うよりもひたすら怖かった。

・彩風咲奈のドン・カルロは、善人ゆえに絶対にドン・ジュアンを理解できない人なので、まあ、なんというか「いい人の役」そのもので、彩風咲奈に興味がない人だと印象薄いだけで終わっちゃうような気がしなくはないんだけど、彩風咲奈が大好きな私としてはとにかく楽しかった。絶望的なまでに、ドン・ジュアンを理解していない(できない)っていうのが何をしててもビンビンに伝わってきて、それが面白くて堪らなかった。いやあ、不幸な友人関係だなあ(というか、友人でさえない、というべきか)。あと、良くも悪くも平凡な善人なんだけど、ドン・ジュアンとエルヴィラに惹かれている(見捨てられない)あたり、一皮剥いたら色々ヤバイ闇抱えてそうで気になった(邪推です)。

・あと騎士団長の亡霊が印象的かつめちゃくちゃかっこよかったんだけど、ちょっと解釈に迷ったところでもあって、「ドン・ジュアンの良心(の発露)」っていうのが素直な受け取り方なのかなあと思いつつ、個人的には、「ドン・ジュアンが自らに与えた(愛を求めるための)免罪符」と解釈したい。つまり、「愛を知らなくても、自分は別に不幸ではない」というのがドン・ジュアンの矜持で、だから彼は自分の存在意義に賭けて「不幸だと思われる」ことが我慢ならないし、「自分に愛など必要ない(愛なんて下らない)」って自分を縛って絶対に自分から愛を求めようとはしてこなかったんだけど、本人も意識していないところで周囲が有難がる「愛なるもの」への興味はあって、それを求める(得る)ための自分への言い訳(赦し)が騎士団長の亡霊であり、騎士団長の呪いなんじゃないかなあ、と。まあ、それで本当に、「愛」を得て(知って)しまったあたりがドン・ジュアンの引きの強さというか悲劇というか……なんですけど。

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・美穂圭子と舞咲りんがガンガン歌ってくれて、めちゃくちゃ気持ちが良かった。戦闘モード入ったこの二人を侍らして全然押し負けてない望海風斗はすごいと思う。

・あと、美女といえば、アンダルシアの美女。肉を極限まで削ぎ落としたようなお腹が、細いのに全く貧相ではなくて、牝豹!って感じの野性味に溢れてて、最高に格好よかった。いいものを見た。鍛え上げられた身体を見るのって純粋に楽しいので、下品にならない(痛々しくない)程度にこういう衣装がもっと見たい。

・衣装がどれも素敵で良かった。宝塚なのにほとんど着替えてないという珍しい公演(のような気がする)。

・オープニングの薔薇のインパクトが凄かった。あれは生で見たかったなあ。ていうか、なんでこの公演を見に行かなかったんだ私は…って盛大に後悔した。